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東京高等裁判所 昭和31年(ラ)654号 決定

抗告人 ミナト商事株式会社

相手方 矢田甲子雄 外一名

主文

本件抗告を棄却する。

理由

本件抗告理由は別紙抗告理由書記載のとおりであり、これに対する当裁判所の判断は次のとおりである。

本件記録によれば、競売申立債権者株式会社東京相互銀行、(以下東京相互という)は、昭和二十八年十月二十五日債務者株式会社ワイドフイールドモータースとの間で、両者が現在及び将来締結する相互掛金契約その他にもとずき債務者会社の負担する債務中極度額金二百二十万円の限度において本件競売物件(原決定物件目録記載(1) ないし(4) )に根抵当権を設定する旨契約するとともに、右被担保債務を期日に返済しないときは代物弁済として本件物件の所有権移転を請求しうべきことを約し同年十二月八日その旨根抵当権設定登記(東京法務局品川出張所同日受附第一七八五九号)及び所有権移転請求権保全の仮登記(同受附第一七八六〇号)を経たこと、同年十一月二十五日債権者東京相互は債務者に対し相互掛金契約による給付金五百万円を貸与したがその後昭和三十年四月十四日右給付金残元金百五十六万円及びこれに対する約定損害金などの支払を受けるため、東京地方裁判所に対し、同物件につき根抵当権実行による競売の申立をなし(同庁昭和三十年(ケ)第五九九号)、同裁判所は同年四月十八日不動産競売開始決定をして手続を進めたが、債権者東京相互は昭和三十一年三月二十六日に至り右競売申立を取り下げたこと、他方本件抗告人ミナト商事株式会社は債務者会社ワイドフイールドモータースに対する自己の債権により昭和二十九年十月十五日本件物件の仮差押をなし(同月十九日登記)、次で同一の債権について確定判決にもとずき昭和三十一年二月二十二日同裁判所に強制競売の申立をなし(同庁昭和三十一年(ヌ)第一〇一号)、この申立は翌二十三日前示昭和三十年(ケ)第五九九号競売事件記録に添付されたこと、したがつて前記東京相互の競売申立取下により抗告人の競売申立は強制競売開始決定としての効力を生じたことをそれぞれ認めることができる。

しかして相手方(異議申立人)矢田甲子雄は、昭和三十一年四月四日債権者東京相互から本件給付金債権、根抵当権及び代物弁済による所有権移転の請求権の各譲渡を受け、同日本件物件につき債務者会社に対し右代物弁済による予約完結の意思表示をなし、その旨の前記仮登記にたいする本登記として所有権取得登記を経たことを理由とし、また相手方(異議申立人)大川佐喜雄は、同日右矢田から本件物件中原決定物件目録記載(4) の不動産を譲り受けその旨の所有権取得登記を経たことを理由として、それぞれ抗告人のための右強制競売開始決定に対し異議を主張しているのであるが、右相手方らの主張事実は前記仮登記に対する本登記がなされたか否かの点を除き記録上これを認めうるところである。

しかして右登記の関係について、本件土地登記簿謄本によれば、東京相互のワイドフイールドモータースに対する根抵当権設定登記ならびに代物弁済による所有権取得請求権保全の仮登記は、本件昭和二十八年十二月八日受附第一七八六〇号によるものの外に同年十月十日受附第一四二八〇号をもつて本件不動産に対し金百万円を限度とする根抵当権設定登記、及び同日受附第一四二八一号をもつて右抵当債務を期日に弁済しないときは代物弁済として抵当不動産の所有権を取得できる請求権保全の仮登記があり、相手方矢田甲子雄は昭和三十一年四月四日東京法務局品川出張所受附第五九七八号をもつて、後者の仮登記につき本登記手続をなした旨登記簿上記載せられていることが認められる。しかしながら相手方らが本件において代物弁済予約上の権利を行使して本件不動産を取得したと主張するのは前記のとおり昭和二十八年十二月八日受附第一七八六〇号をもつてなされた仮登記により保全せられた請求権によることは明かであり、抗告人も原審における相手方らの本件異議にたいする答弁書においても本件抗告状においても、また当審に提出した準備書面においても一貫して本件抵当権と関連の代物弁済予約にもとずく所有権取得請求権保全仮登記の本登記がなされたことを認める態度を示しこれに反するなにものもあらわれない。それならば前記登記簿上の本件本登記の記載はむしろ登記申請人の過誤による錯誤あるもので更正手続をもつて訂正しうべく、これをもつて本件の代物弁済による所有権移転登記を欠くものとなすことはできない。したがつて相手方らの前記主張は記録上全部認められるところである。

そうすると、債権者東京相互が債務者会社に対して取得した代物弁済予約上の所有権移転請求権については、前記のとおり抗告人の仮差押登記より前に仮登記を経ているのであるから、代物弁済完結の意思表示が法律上有効と認められるならば、右矢田の本件物件に対する所有権取得は仮登記の順位にさかのぼり、第三者対抗力を有する。その結果相手方らの本件物件に対する所有権取得は右仮登記以後の一切の処分に対抗しうるものというべく、従つて抗告人に対しても、その仮差押にかかわらずこれを対抗しうるわけであり、前記確定判決による債務者でない相手方らとしては、自己の所有物件に対し前記確定判決にもとずく強制執行を受けるべきいわれはないといわなければならない。

抗告人は債権者東京相互は前記抵当権実行による競売申立に際し、競売裁判所に前記代物弁済予約による所有権移転請求権放棄の上申書を提出したから、競売開始決定正本が債務者会社に送達せられたことにより右放棄の効力が発生し、代物弁済により本件物件を取得しうべき債権者東京相互の権利は消滅した、また、かりに裁判所に対する代物弁済予約上の権利放棄の申出が法律上効力がないとしても、本件のように抵当権を実行するか代物弁済予約上の権利を行使するかが二者択一的関係にあるときは、一方を選ぶことにより他方の権利は当然に消滅するから、債権者がすでに抵当権実行の申立をしその競売開始決定正本が債務者に送達せられた以上本件代物弁済予約上の権利は消滅したと主張する。

ところで、本件のように抵当権の設定と、その抵当債務を期限に弁済しないときは所有権を移転すべき旨の代物弁済予約がある場合は、右抵当権と代物弁済の予約上の権利とは並び存し、期限に債務の弁済がない場合、抵当権を実行するか代物弁済の予約を完結させるかは専ら債権者の選択に委ねられていると解すべく、債権者がその選択権によつて、まず代物弁済予約完結の意思表示をするならば、その効果として債権者が抵当物権の所有権を取得すると同時に債権もまた消滅し、被担保債権の消滅によつて抵当権も消滅し、その後は抵当権の実行ができないこととなるのはいうまでもない。しかし、債権者がまず抵当権の実行を選び、競売の申立をなした場合はどうであろうか。この場合代物弁済の予約が同時に存在することは、それがたんに存するというだけでは競売手続の進行に何ら法律上妨げとなるものではない。

また実際上もすでに競売手続が開始された後でも競売期日に適法な競買の申出があるまでは債権者は任意に競売の申出を取り下げることができるし、あるいは何らかの事由で競売手続が取り消され債権の満足をうることなく右手続が終了することもあるから、債権者は抵当権の実行を始めた後でも、その方針を変え、事情によつては、抵当権の実行をやめて代物弁済予約上の権利を行うことを妨げらるべきでないものと解すべきである。したがつて、抵当権実行のための競売申立をしそれにもとずく不動産競売手続開始決定が債務者に送達されたからといつて代物弁済予約上の権利が放棄されたと解することはできない。

また、記録によると、債権者東京相互は本件競売の申立をなすと同時に競売裁判所に対し仮登記にもとずく、本件物件の所有権移転の請求権を放棄する旨の上申書と題する書面を提出しているけれども、代物弁済の予約を完結する権利は特定の相手方のある形成権であり、その放棄の意思表示は相手方に到達しなければ効力を生じないこと明かであるところ、右上申書は相手方たる債務者会社に向けられた書面でないのみならず、その内容が債務者会社に到達したことを認めるにたりる証拠がない。よつてこの上申書によつて債権者東京相互が代物弁済予約上の権利を放棄したと認めることはできない。抵当権者が代物弁済予約上の権利をもあわせ有する場合の抵当権実行のための競売申立事件においては、本件におけるように後者の権利は行使しない旨の一札をとることが東京地方裁判所における慣行であることは当裁判所に職務上顕著であり、右上申書はこの慣行に従う一札であると認められる。およそ、債権者が一方において抵当権の実行による競売手続を進めながら後にいたつて右代物弁済予約上の権利を行使すると抵当権は通常消滅すること前記のとおりであり、それまでになされた抵当権実行のためにする競売手続はことごとく無益に帰することがあるので、かような事態を生ずることをなるべくさける目的で前記のような上申書をさし出させる取扱いがはじまつたもので、したがつて、右上申書の趣旨は要するに裁判所にたいする代物弁済予約上の権利を行使しない旨の徳義上の誓約の類を出でないものと解するのが相当である。

以上説明のとおり、抵当権実行の手続が進行しても当然には代物弁済予約上の権利は消滅することなく、又裁判所に対する右権利放棄の上申は何ら実質上この権利放棄の効果を発生することなきものとすれば、その後問題の抵当権実行による競売が取下その他により終局するときはもはや裁判所に対する徳義上の立場からも前記代物弁済予約上の権利を行使するになんらの障害もない状態となるべきものというべく、抗告理由第一、二点は理由ないことが明かである。

抗告理由第三点は東京相互が代物弁済予約上の権利を適法に放棄したことを前提とするものであつて、そのしからざることは前記説明からおのずから明らかでありその理由のないことは明らかである。

してみれば、相手方矢田甲子雄は債務者会社ワイドフイールドモータース所有の本件不動産を適法に代物弁済により取得し、相手方大川佐喜雄はその一部を右矢田より譲受けそれぞれの旨の登記を了したものと認むべきである。しかして右所有権取得の対抗力はその仮登記の順位まで遡及することはすでに説明したとおりであるから、相手方らの本件物件に対する所有権の取得は右仮登記後になされた抗告人の本件物件仮差押に優先することになるから、本件不動産にたいする強制執行として申立てられた強制競売申立事件記録添付により抗告人のため効力を生じた不動産競売手続開始決定は不当であり取消を免れないものである。よつてこれと同旨の原決定は相当であり、本件抗告は理由がないから主文のとおり決定する。

(裁判官 藤江忠二郎 谷口茂栄 浅沼武)

抗告理由

一、代物弁済予約上の権利放棄の意思表示は、相手方に到達することによつて効力を生ずるものであることは原決定の判示するとおりである。しかし本件においては債権者東京相互銀行が裁判所に本件物件の抵当権実行の申立と同時に右代物弁済予約上の権利放棄の上申書を提出し、競売開始決定正本が債務者ワイドフイールドモータースに送達せられたことにより右放棄の意思表示は相手方に到達し、放棄の効力が生じたものというべきである。

二、そればかりでなく、本件において債権者は、抵当権の実行をして担保不動産を競売に付し、売得金をもつて本来の金銭債権の弁済を求めるか、しからざれば本来の給付に代えて代物弁済として、抵当不動産の所有権を取得するか何れかの権利を有するものである。すなわちこの二つの権利は両立を許さぬものであるから、一方の権利の行使は当然他の権利の放棄を意味するものである。例えば債権者が前者の権利を選択し、抵当権の実行をするときはあえて代物弁済の予約上の権利を放棄するという特別の意思表示をしなくても、右抵当権実行の意思表示だけで当然代物弁済の予約上の権利放棄を意味するものである。

しかして競売開始決定正本の債務者に対する送達は、債権者が債務者に対する抵当権実行による本来の給付請求権の方を選択したという意思表示の到達を意味するものであると同時に代物弁済による所有権取得の予約上の権利は放棄するという意思表示の到達をも意味するものであると断ずべきである。この点に思を致すことなくただ単に代物弁済の予約上の権利だけを引き抜いて考察し、この意思表示が直接利益を受ける者すなわち債務者に到達していないという形式上の立論をなした原決定は不当である。

三、原決定はさらに、かりに適法に代物弁済予約上の権利放棄がなされたとしてもこれによる権利消滅が登記せられていないから第三者に対抗できないとの理由をもつて抗告人の主張を排斥する一理由としている。しかし前各項にのべたとおり、代物弁済予約上の権利はすでに消滅しており単にその形骸たる登記が残存しているにすぎないのであるから形式的にその権利移転登記を受けても実質上消滅した権利を取得するに由ないものであり抗告人が本件相手方らに対しその旨を主張することは少しも妨げないところである。

右何れの理由よりしても原決定は失当である。

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